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きんもくせいの妖精
単なる同級生というより、幼馴染だった。
東京から引っ越してきた我が家で、両親はともかくすぐに保育園に入園して地元に慣れた姉と違い、当時の友達は犬!と公言するほど私はぼっちだった。
私の人間関係は、いつも親や姉から作られた。
幼馴染もその中の1人。
家族ぐるみだったけど、父親同士の繋がりは不明。
母親同士は、多分姉と幼馴染の家の長女が同級生だから、その繋がり。
幼馴染はとってもわんぱくで、一緒に遊ぶこともなかった。
母や姉の人間関係から作られた幼馴染だったから、繋がりが希薄だったことは仕方ない。
保育園から中学まで同じだったけど、幼馴染と話した記憶は全くない。
当時は男の子と一緒にいると、必ず変なことを言う輩がいた。
当時の私は、同級生女子は近所にいなくて、一緒に帰るのも男の子。
しかも言った方も言われた私と男の子も、小学1年生。
それだけで言われてしまうのだから、幼馴染と話すことかないこともある意味普通。
わんぱくな幼馴染と地味で目立たない私は、多分お互いに幼馴染であることを周囲に知られたくなかったのだろう。
男子は可愛い女の子が好きだし、私はあまりうるさい男子は嫌いだった。
お互いがお互いの好みに合わなかったわけだ。
40歳くらいの頃、幼馴染と再会した。
あの頃の話もした。
本気か冗談か、変なことを言い出したから、私からシャットアウトしてしまった。
幼馴染も私もフリーだったからだけど、私は男女の関係になりたかったわけではない。
昔からだが、自分が望まないものはシャットアウトする。
でも昔話は単純に楽しかった。
彼の死に関してだが、私の中には昔から、誰かが亡くなったときの悲しいという感情はない。
場に合わせてのの振る舞いなどはするが。
親が亡くなったときは、はしごを外されたような、土台が無くなった感覚だった。
こうやってみんな生きてるんだなという。
彼もまた、生前の姿を彼のお子さんに残しているのだろうな。
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アモーレムーチョの由来は?
アモーレムーチョの由来は、イタリア語の「アモーレ(amore)」と「ムーチョ(mucho)」を組み合わせた言葉です。以下にその詳細を説明します。
アモーレ(amore): イタリア語で「愛」を意味します。この言葉は、情熱的な愛やロマンチックな感情を表現する際によく使われます。
ムーチョ(mucho): スペイン語で「たくさん」や「非常に」を意味します。この言葉は、強調や感情を表すために使われることが多いです。
この二つの言葉を組み合わせることで、「たくさんの愛」や「非常に愛している」という意味合いが生まれます。特に、カジュアルな会話や歌詞などで使われることが多く、愛情を表現する際に親しみやすいフレーズとして人気があります。
このフレーズは、特に日本のポップカルチャーやアニメなどでも見かけることがあり、愛や友情を表現する際に使われることが多いです。

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つきみ
ろうそくの火を見つめてるような語り口で、これも1つの追悼だなと感じました
P
喪失は後から静かにやってきますよね。 同居の祖父が自宅で亡くなった二ヶ月後に父が病院で息を引き取り、その年の12月に祖母が特別養護老人ホームで亡くなりました。母は茫然自失、姉は嫁いでおり、3人分の様々を私が手続きしました。呪いか何かがかかっていて次は自分じゃないかと思いました。 幼馴染さんのことを悼めるあなたは素晴らしいです。そして幼馴染さんもそのような人と縁があったことを誇りに思います。 一方私は自分勝手だと再確認しました。父と同じ51歳が怖く、未だ歳を越えるごとにおそれが大きくなっています。 私事でもうしわけありませんでした。
ゆゆだなも
死んだあと自分のことを思い出してくれる人が1人でもいるのなら幸せなんじゃないかなって思う、自分が死んでも誰かの記憶の中で生き続けるってすごいことなんだよね
悠
何よりも、この度はご愁傷様でした 当方も、もう10年以上前ですが、幼馴染を亡くしました 当時の事を思い浮かべると、楽しかった事やくだらなかった事、色々と出てきます 自分を小さい頃から知ってる、親以外の存在 理由はどうであれ、案外どんなタイプの人間にも、そう言った存在は大切なのかも知れない そんな風に思えました
なごみ
30過ぎると、周りでも亡くなる人が出てきますよね。 ふと、もういないんだ。 どんなに話したくても、願っても、 もう無理なんだ。 と思ったりします。