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ナカムラ

ナカムラ

日の入が早くなって、半袖では少し冷えるほどだ。
このところずっと弛緩していた空気に急に芯が通りはじめたようで、そのよそよそしさには毎年戸惑う。まるで昨晩飲み会で打ち解けられたと思った関係が、翌朝にはリセットされているかのように。
そうはいっても、肌馴染みがいいのは冬の空気だ。背筋をしゃっきりさせてくれるし、なんなら保湿効果もあり、冷気が自分の輪郭をくっきりと浮かびあがらさせてくれるからね。いいことづくめ。
でもいちばん楽しみなのは、そんな静かで、しんと冷えた時期に、住宅街を歩いていると、どこからかカレーの匂いが漂ってくるんだ。
たぶんそのカレーはえんじ色のちょっとおしゃれな鍋に入っていて、くつくつと泡が立っている。木べらでゆっくりとかき混ぜる人がいるけれど、よく見えない。その人はエプロンをしていて、あっ、小さな人影が後ろからごと抱きついて、なにか言っている。きっとお腹がすいたと訴えているんだ。不満顔の人影に対して、鍋の方に向いたままエプロンの人はなにかを微笑みながらささやく。しばらくすると、暖かい部屋にピンポーンとチャイムが響く。小柄な人影はさっきまでの機嫌が嘘のように、ぱっと顔を明るくして玄関へ走り出す。
素敵な季節だと思いませんか?

「意味がよくわからない」と彼女は言った。
「そうかな」とぼくは答えた。
「そんなにカレーが好きなら自分で作ればいいじゃない」
「そうだね」

でも、ぼくがきみに伝えたかったのは、そういうことじゃないんだ。これは本当のことだけど、嘘の話なんだ。そして、ある種の真実は、嘘を通さなければ表すことはできないんだ。
もちろん、その言葉は呑み込まれる。いつも通りに。巨大な樹にぽっかり空いた洞のようなところに。

雪に先駆けて沈黙が降り積もる。
ぞっとするほどくたびれた彼女の横顔を見続けることができず、ぼくは逃げるように天上を見上げ、空に星を探す。なにも見えないのは、街が明るすぎるからだろうか。
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