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ギアル→ギギアル→ギギギアル理論と違うんですけど💢
サイン→コサイン→ココサインでよかったんちゃうん??

あゆ
色々教えてほしいです、🥲
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ナッツ
勅使川原真衣 編著
『「これくらいできないと困るのは君だよ」?』
声を聞かれること ×野口晃菜
もう1時になる、忘れていきながら書く。もう一度読めばいい、何度も読んでわかったことを書けばいい、それでいいのか?
子どものことをわかったように書けば子どもにとって良いことなのか、そんなふうに考えていくのは誰のためなのか、いつも書くことは書く目的を喪失してしまう。それからがモンダイになる。
話されていないことがある、どれだけ書かれていても言葉の尽くせない秘密がある。だが、秘密は暴かれるためにあるのではない、秘密は、あらゆる目的の背中のようなものだ、何かを目的とするたびに見えない背後がうまれる。
「子ども」が考えられると大人たちは自分のことを見ない。だから改めて大人たちを見て、大人たちにモンダイがあることから始めようと言うのだ。「子ども」とはなにか?ではない、「おとな」とはなにか?である。子どもにそれぞれの個性や名前をつけてきてようやく、子どもたちから見た「おとな」を一緒に探そうとしている。
それはわかったから、もういい。
これまで、「子ども」をわからない対象としてきたが、結局は「おとな」がわかっていなかったんだろうと思われる、誰もわかっていなかった。わかっていないのはいつも大人で、秘密の象徴を「子ども」に仕立て上げて解いていこうとしたのも大人である。
「おとな」は放って置かれていた。
「おとな」がどうしても見えないのは「子ども」を見ていたからで、ほんとうの秘密だったのは「おとな」だった。だから、どうするのか。
「子ども」のことは子供たちの秘密であって、大人のものではない。「子ども」のことなど考えるから「おとな」がわからなくなる。大人は「子ども」のことはわからなくていいけど、「おとな」のことは考えなくてはいけない。
自由に金が使えるようになることが「おとな」なのか、「おとな」をつまらなくして子供たちを「子ども」に閉じ込めてきたのは大人たちだ。
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