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tequila
日常に非日常感を感じたことがあるだろうか。
一見矛盾しているように感じると思う。
というか矛盾している。
だか、私は日常に非日常感を感じるときがある。
それは時として良いシチュエーションであったり、悪いシチュエーションだったりする。
気持ちよく話を終えたいので、悪いシチュエーションから話していこう。
悪いシチュエーション。
それは不運や災害といったものだ。
ここにいる方は誰しもが経験しただろうコロナ禍や東日本大地震などがまさにそれだ。
何もない平穏な日常がどれだけ幸せなものだったか痛いほど感じることができたのではないだろうか。
友達とマスクなしで会えた日々、いまは亡きあの人がいた日々、各々にそれまでの日常だった光景が羨ましく思えただろう。
いたく、苦しい思い出かもしれないが、日常が日常でなかったことを思い出させてくれる大切な記憶だ。
時たま思い返してみるのも良いだろう。
だが人間とは弱いもので、嫌な記憶は忘れないとやっていけない。
コロナ禍や震災なんてなかったかのように当たり前が過ぎていくのを感じる。
別に悪いことじゃない。
忘れられるくらい良くなっだということだ。
そんな中でふんわりとそれを思い出させてくれるものがある。
それが前述した良いシチュエーションだ。
日常が日常でないことをふんわりと思い出させてくれるもの。
考えてみてほしい。
。
。
。
思いついただろうか。
人それぞれ答えがあって良いとおもう。
私は娯楽がそれにあたると考えている。
例えば、ディズニーリゾートに行ったとしよう。
楽しいな帰りたくないな
学校、仕事のある日常に戻りたくないなと思ったひとは少なくないんじゃなかろうか。
それは日常が日常であるからこそ感じれるものだと考える。
日常に対して非日常感を感じることはできるが、非日常に対して日常感を感じることはできない。
あくまで、日常だったらなと願うことしかできないのだ。
日常が日常であるからにして非日常が輝いてみえるのだ。それを忘れてはいけない。
ちょっと話がややこしくなったので別の例を出そう。
音楽や映像作品などはどうだろうか。
好きなバンド、アイドルのチケットが取れて、ここまでは頑張れる、生きる理由ができたとか耳にすることがある。
それまでの間、日常に音楽という非日常のかけらを持ち込んで非日常を夢想する。
共感できる人も多いだろう。
また映像作品はかなり直接的に私たちに日常の非日常を伝えてくれる。
『君の膵臓をたべたい』『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』『ラーゲリより愛を込めて』『ファーストキス 1ST KISS』
観たことがなければ是非観てもらいたいと思う。
大切な人をこれまで以上に大切に想えるだろう。
こういったもの以外にも
『すずめの戸締まり』『東京マグニチュード8.0』
『デイ・アフター・トゥモロー』『インデペンデンス・デイ』『ミスト』
こういった作品でも有効だ。
娯楽はポジティブに日常の非日常感を感じさせくれる。
そういった意味では、我々にはなくてはならないし、それ相応の対価を払っても享受しうる価値のあるものである。
きたる悪いシチュエーションに備えて、日常を大切に、あたりまえがあたりまえでないことを感じて、ひとにちょっと優しく生きてみる それも良いんじゃないだろうか。

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