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ほしの

ほしの

新しく来た保健の先生(中年の女性の方)が、案の定おバカな三年生に絡まれて
辛がってらっしゃったので、保健の先生二人と私とでお茶会してました
コンビニのケーキとあったかいお茶を差し入れ
辛い時でも話を聞いて共感してくれる人が居て、甘いものがあれば乗り切れると知っているからです🥰✨

一緒にスイーツつつきながら苦労話にとりとめのない話題
先生可愛い人だねえ🌸☺️と言われました
あらら ありがとうございます✨🥰
多才とかあれこれ凄く褒めて頂けて🥹✨💦

ふふ
なんかくすぐったいな でも帰る頃にはすっかり前向きになられていて、良かったなあ、と✨✨

ちなみに例のアホは今朝から私の人生から完全除外✨✨🥰
腐った死体の詰まったゴミ袋なんて横に置かれちゃ堪らんからね
来たらすぐサッと席を立ち別の場所へ
すぐ授業へ
図書室へ行ったり別室に行ったり
そして何より、放課後の会議では固まって座りませんでした✨✨🥰

1、2年の先生が呼び出され、縦になった長机が5つ並ぶ部屋で、何故か馬鹿みたいに一番左にゴチャッと窮屈そうに固まる1年生団
その右に固まる2年生団
わざわざ詰める意味が? オマケに空いた席の近くには例のゴミ袋(もはや人ですらない)
座るわけないでしょ☺️
堂々と一人空いた長机に腰掛けるほしの
さぞ意外だったことでしょう 一人が全く怖くない様は異様でした

でもそうこうしてるうちに、上席の先生方が来て私の側へ、また上席が来て前へ
社会の先生は私の横へ
固まって座る意味を静かにぶち壊したわ(笑)
プリントをお持ちでない先生にサッとお見せして説明を聞き、終わると即座に外部テストの準備作業の手順を聞き、サッサと仕事に集中し
自分の仕事をサッと済ませてサッと退室
フライングモンキーはチラチラこっちを見てましたが
一切無視😊✨

お陰で楽です✨✨
切り捨てるべきものを切り捨てられると余力も生まれる✨✨
その積み重ねが今の成果です

生きるなら孤高でも正しく生きたい
ちゃんとそうあれて、今日は花丸でした!🥰🩷

へへ✨✨
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コメント

ほしの

ほしの 投稿者

2 GRAVITY

旦那様に無茶苦茶褒めて貰いました✨🥹💞💞 あとラーメンも美味しく作れて花丸!!🥹🩷 わーいわーい😭✨

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なーまる

なーまる

うたプリ知ってる?うたプリ知ってる?

回答数 15>>

高校の担任が「当時は夢小説とか書いてたー」って言ってた。
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neru

neru

やめるとかやめないとかじゃない
もっとマシな仕事持ってこいよ だけ
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ゆいな

ゆいな

自分の好きなところ、10個言える?1個でもいいから教えてほしいな。自分の好きなところ、10個言える?1個でもいいから教えてほしいな。
挨拶、感謝、謝罪などがしっかりできること
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三浦

三浦

タイミング合うと運命かと思っちゃう笑タイミング合うと運命かと思っちゃう笑
女性やったら結婚してもらう
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さ丸

さ丸

愛とは「状態」である
——境界が曖昧になるとき、人は愛に入る

愛は、感情ではない。
行為でもない。
ましてや美徳や義務でもない。

愛とは、ある状態に入っていることだと思っている。

その状態とは何かというと、
他者や他物と、自分との境界が曖昧になっている状態。

溶け合うわけではない。
一体化するわけでもない。
自分が消えるわけでもない。

ただ、
相手を「完全に外側の存在」として
扱えなくなってしまう状態。


境界が曖昧になると、
世界の見え方が変わる。

損得計算が鈍る。
所有の感覚が弱まる。
勝ち負けの軸が後ろに下がる。

相手を
管理したり、
操作したり、
最適化の対象として
見られなくなる。

これは、
合理的に生きようとする人ほど
不安になる状態でもある。

だから多くの人は、
無意識にこの状態を避ける。


脳の働きで言い換えると、分かりやすい。

左脳は、境界をつくる。
私とあなた。
内と外。
敵と味方。
得と損。

世界を切り分け、
安全に処理するための機能。

右脳は、つながりを感じる。
空気。
間。
共鳴。
全体の流れ。

愛の状態では、
左脳が止まるわけではないが、
優位ではなくなる。

境界は残るが、
固定されなくなる。

ここで立ち上がるのが、
まだ定義されていない状態。
ゼロ。

ゼロとは、
まだ意味づけされていない関係。
まだ役割が決まっていない距離。
まだ言葉になっていない感覚。

だから愛は、

言語化されすぎると壊れやすい。
管理されると息苦しくなる。
「こうあるべき」に閉じ込められると死ぬ。

それはすべて、
境界を固めすぎる行為だからだ。


競争と協力の話とも、これは一致する。

競争の状態では、
境界は明確だ。
他者は他者。
世界は分断されている。

協力の状態では、
境界が少し揺らぐ。
相手の利益が、自分の利益に重なり始める。

そして愛は、
協力状態の最深部にある。

だから愛があるところでは、
競争が成立しにくい。


ここで、いちばん素朴な感覚に戻る。

だから、愛する人が喜んでいたら、嬉しい。

それは
優しいからでも、
見返りがほしいからでもない。

境界が曖昧になっているから。

相手の喜びが、
自分の外側の出来事として処理されない。
自分の内側で起きた変化として、
そのまま感じられてしまう。

だから理由はいらない。
説明もいらない。


これは自己犠牲ではない。
自分を消しているわけでもない。

境界が「なくなる」のではなく、
一時的にゆるむだけ。

だから健全な愛は、
不自由じゃない。

ただ、
非効率で、
管理できなくて、
少し危うい。

制度や市場や契約と
相性が悪いのは、そのせいだ。


現代社会は、
境界を明確にする方向に進みすぎた。

効率。
管理。
役割。
正解。

それ自体は悪くない。
でも、それが強くなりすぎると、
愛に入る余地がなくなる。

境界を曖昧にすることは、
弱さでも逃げでもない。

人間が人間であるための、一時的な解除状態だ。

結論として、こう言える。

愛とは
他者を他者のまま
自分の内側として感じてしまう状態である。

だから、
愛する人が喜んでいたら嬉しい。

それ以上の理由は、いらない。
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