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ゴトー(と🐱)

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将棋の福間香奈女流六冠が、「妊娠・出産」に関するタイトル戦の規定の変更を求めて、日本将棋連盟に要望書を送りました。

日本将棋連盟では今年4月、タイトル戦に臨む女流棋士が妊娠した場合、対局の日程が出産予定日から数えて「産前6週から産後8週まで」の期間と1日でも重なれば、日程変更には応じず、その女流棋士はタイトル戦に出場できない、という規定を施行しています。福間氏の要望は、この規定が「棋士としてのキャリア構築を妨げる過剰な介入である」と感じている、という訴えだと要約できます。

確かに、将棋界に限らず一般的に考えれば、こうした大会や仕事への参加・不参加の判断は、医師の判断と本人の意思に委ねられるのが通常でしょう。主催者側が、妊娠・出産を理由に一律で参加を禁止するような規定を設ける例は、あまり多くありません。にもかかわらず、日本将棋連盟は「あえて」この規定を設けました。その意図はどこにあったのでしょうか。私はまず、そこを考えてみることが出発点であると思い、そこから調べてみました。

そして報道などを手がかりに背景を見ていくと、この規定が生まれた土壌として、女流棋士を取り巻く現在の生活実態の特殊さが浮かび上がってきました。現在の女流棋士の多くは、収入が決して安定しているとは言えず、スポンサー、タイトル、防衛、評価といった外部的な圧力が極めて強い構造の中に置かれており、そのため本来であれば休むべき状況であっても、無理をして対局に臨んでしまいかねない、という危うさをはらんだ現実があるようです。日本将棋連盟がこの規定を設けたのは、そうした構造の中で女流棋士が「自分の意思だけでは休めない」状況に追い込まれることを防ぐための、安全対策としての“盾”的な配慮であった、という見方も成り立つのではないか、と考えました。実際、この規定によって守られる女流棋士が少なからず存在することも、想像に難くありません。

一方で、福間氏のように、それは自らのキャリア形成に対する過剰な干渉だと感じる人が出てくるのも、また自然なことだと思います。では、各棋士が自由に選択できるようにすればよいのでしょうか。いいえ、それでは問題は解決しません。「出場できるなら、出るべきだ」という新たな圧力が必ず生まれます。それは結局、別の形で無理を強いる構造を温存することになり、盾としての意味を失ってしまいます。それでは意味がありません。

この問題は、「個人の自由」と「構造的な弱さから守るための制度的な保護」を、どこでどうバランスさせるのか、という非常に難しい問いを私たちに突きつけています。どちらかを完全に否定すれば、必ず誰かが傷つく。そうした性質の問題なのだと思います。このジレンマは、どうすれば解決できるのか。本当に、簡単には答えの出ない問題だと感じました。
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