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いご
『花彩命の庭 — 風のほころび』
海に面した町の外れに、小さな灯台がある。
灯りはとうに使われなくなり、
今はただ白い壁だけが風に削られながら佇んでいる。
澪(みお)は祖母が亡くなった知らせを受け、
何年ぶりかにこの町へ戻ってきた。
潮の匂いも、砂利道のきしむ音も、
忘れたと思っていたのに、
歩くたび胸の奥へ静かに沈んでいく。
祖母の家は、灯台のすぐ近くにあった。
木の引き戸は重く、ひび割れた窓から柔らかな光が漏れている。
家に足を踏み入れた瞬間、
澪はなぜか、目に見えない誰かに呼ばれたような気がした。
玄関の空気が、かすかに揺れていた。
仏壇に線香を立てていると、
背後からふいにやさしい風が吹いた。
季節外れの温かさが首筋を撫でる。
振り返ると、食器棚の奥の壁に、
見慣れない小さな扉があった。
こんなもの、昔はなかった。
だが、澪は不思議と怖くなかった。
扉を押すと、やわらかい光がこぼれ出し、
その奥には庭が広がっていた。
現実の庭よりも、ずっと広い。
草の匂いがただよい、
色彩は絵の具を水に溶かしたように淡く揺れている。
ひとつひとつの花が、
呼吸するようにゆっくり色を変えていた。
「……ここが、花彩命の庭?」
声はすぐ風に溶けた。
庭の中心に、祖母がよく話していた花が咲いている。
“命を映す花” と呼ばれていたものだ。
白と薄金のあいだを揺らぐその花は、
澪が近づくとそっと花弁を開いた。
花をのぞき込むと、
水面のような光が広がり、
そこに懐かしい記憶が浮かび始めた。
祖母と海辺を歩いた午後、
夕食の匂いが家に満ちた夜、
手をつないだ温度、
言えずにそのままだった言葉。
澪の胸に、痛みとも温かさともつかない感情が押し寄せ、
足元がふらりと揺れた。
花はその揺れを受け止めるように光を強め、
まるで「残したいものだけを持っていきなさい」と
語りかけてくるようだった。
澪はそっと目を閉じた。
心の中で祖母に話しかける。
言えなかった「ありがとう」も、
伝えられなかった弱さも、
全部そのまま花に預けた。
気づくと、庭の光は淡くほどけ、
色彩は少しずつ夜の色に溶けていった。
風がひと吹きすると、
周囲の景色が静かにかき消されていく。
次に目を開けたとき、
澪は祖母の家の食器棚の前に立っていた。
小さな扉は消えている。
かわりに、手のひらの上には
白金の花弁が一枚だけ残っていた。
花弁はあたたかく、
まるで祖母がそっと手を握ってくれた時のようだった。
澪は外に出て、灯台の前で深く息を吸った。
海風は優しく、
どこか遠くであの庭が呼吸しているように思えた。
澪は花弁を胸元で握りしめた。
持っていくのは記憶ではなく、
“光のかけら” だけでいい。
そう思うと、肩の力がふっと抜けていった。
海の向こうに沈む陽が、
その花弁をゆっくり照らしていた。
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こんなこと書くの恥ずかしいけど、共感出来ることが多すぎて、観てるのがつらい

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