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天月 兎

天月 兎

サフラン色の栄光──不滅より終焉を贈るまで
第三十話 前編

裂けた天井から、冷たい雫が降り注ぐ。
大理石の床に広がる赤い水溜りに落ちては、静寂の空間に寂しい音を響き渡らせた。
ここには死体が二つ。
原型を留めていなくても誰なのかわかるように造られた骸の像と、たった今床に転がったばかりの、首。
隣席が空いた玉座には、首のない王の体が鎮座している。
ルーヴェリアはその胸ぐらを掴むと、この国の王妃だった骸の像の方へと放り投げた。
偶然にも、王の腕は像の胴体を絡め取るように引っかかり、彼女を抱き止めるような形で床に倒れ伏す。
ルーヴェリアは血の滴る剣を払うでもなく鞘に納めるでもなくただ、立ち尽くした。
この国は終わった。
滅んだのだ。
生まれてから今に至るまで、途方もなく長い時間をこの国で過ごしてきたその思い出が溢れて止まない。
頬を滑べるのは、雨粒か、涙か。
様々な人間の死が脳裏を鮮やかに彩っていった。
そんな思考を掻き消す雑音が何度か聞こえる。
悲しみに濡れる空間に、渇いた音が。
玉座の向こうから人影が出てくる。
ゆっくりとした拍手を贈りながら、それはルーヴェリアの真横で足を止めた。
イレディア「素晴らしい腕前じゃないか」
転がった元国王の首に視線をやった。
骨と骨の合間で綺麗に斬られた切り口は、真っ直ぐで歪みのない、見事な円を描いている。
ルーヴェリア「…黙れ」
空気に溶けてしまいそうなほど静かな、それでいて重たいものを感じさせる声色に、イレディアは拍手を止める。
別に気圧されたからではなく、飽きたからだが。
イレディア「お前はこの国の騎士だったな。国が滅びた今、お前は行く宛もあるまい」
何が言いたいと視線で問うてくるルーヴェリアに、魔王は続けた。
イレディア「降れ」
ルーヴェリア「ほざけ!」
間髪入れず声を張り上げながら剣を横に振るう。
魔王の体は胴体から真っ二つになったが、それは靄のように消え失せた。
手応えもない。
幻影とは知っていたが、感情が先走ってしまった。
ルーヴェリアは自分らしくないと思いつつ、今度は冷静に半身を玉座の間中央に向けた。
幻影ではない二体の魔物がそこに立っている。
魔王イレディアと、その側近でありルーヴェリアに不老不死の呪いをかけた張本人、魔女王サーシャが。
イレディア「どれくらい保つ?」
魔王の問いに、ルーヴェリアは即答した。
ルーヴェリア「お前が死ぬまでだ」
両者の剣が交じり合い、高い音が空を劈く雷鳴に重なる。
どうして、こんなことになってしまったのか。

遡ること、かの包囲迎撃戦出立日。
鎧を纏った女が1人、帝国軍国境を行軍中の魔王軍のど真ん中に現れた。
腕を一振りしたかと思えば、周囲の仲間の首がボロボロと落ちていく様に動揺を隠さず、軍は足を止める。
そして後退りする者が現れ、彼女を中心にぽっかりと穴が空いたような陣形になった。
ルーヴェリア「構成は吸血鬼と堕天使…と、巨人か」
亜人で構成された軍だ。
率いるのは…。
レイヴ「何だお前か、驚かせてくれるなよな」
ルーヴェリア「祖翼レイヴ……やはりこちら側に居たか」
漆黒の長髪に漆黒の翼、黒曜石のような肌に煌々とする紅玉の瞳。
ルーヴェリアの一言に、レイヴはお手上げだと言いたげに両手を上げ、落とす。
レイヴ「向こうに居ると思わなかったのか?」
向こうとは、サフラニアの南方の方面のことだろう。
ルーヴェリア「私を常人と紛うな、また翼を引き千切るぞ」
レイヴ「勘弁してくれ…とはいえ、こっちは10万だ。ノクスの奴もじきに合流するから…20万になるか?」
腕を組んで遠方の旧メレンデス王国の方を見やってから、ルーヴェリアの方に向き直った。
この数を相手にたった1人でどうするつもりだ、と言いたいのだろう。
ルーヴェリアは勿論剣についた血を払い、その切先をレイヴに向けた。
ルーヴェリア「皆殺しだ」
レイヴは犬歯を覗かせながら獰猛に笑って見せる。
レイヴ「面白い。だが、我々も何も学習しなかったわけでもないぞ?」
彼奴の目線がルーヴェリアの足元に向けられた。
淡く微かに、白く光っている。
魔法円だ。
レイヴ「ノクスから聞いたんだ、魔力封じってやつでセラフィナを捕らえたんだってな。お前は不老不死が脅威だ。身体能力も、そして類稀なる魔術の才能も。だがそれは全て魔術による恩恵を得たからに過ぎない。だから魔力の流れを封じてやった、お前がしたことと同じことをしてやったんだ、ざまぁないな」
ルーヴェリアは微動だにしない。
それは頭の中を疑問符が駆け回っているからだ。
たかが魔力を封じた程度で何故勝った気でいるんだ、此奴は?
50年前の戦いで何を学習したんだ?
魔族というのは存外頭が鈍いのか?
魔力封じは本人の魔力の流れを封じて、本人が持つ魔力の行使を阻害するものだが……。
私の鎧は全て魔装具で、流れている魔力は私のものではあるが物に宿った時点で魔力を循環するのは魔力が宿った物そのものになる。
つまり本人を封じても鎧は対象外だ。
それに加え、実は魔力封じは封じる者の魔力量が相手の魔力量よりも小さいと、簡単に破られる。
レイヴ「お前ら!此奴は不老不死の呪いで死ぬことがないから血も吸いたい放題体も弄び放題だ!思う存分楽し…」
最後まで言葉を発する前に、血飛沫がレイヴの視界を掠めていく。
ルーヴェリア「…分かった。貴様の言うとおり思う存分狩りを楽しませてもらおう」
剣を握る逆側の手には、レイヴの片翼が握られている。
血がぼたぼたと地面に滴り落ちているのを見て、やっと自分の翼だと理解したレイヴは瞠目した。
それからやっと背中の激痛を感じ、苦痛に顔を歪ませる。
レイヴ「ま、また斬りやがったなてめえ…!」
翼が元の通りになるまでには少し時間がかかる。
自分が戦ってもいいが、魔力を封じられている中でこの動きが出来るのは尋常ではない。
術式を組んだノクスに報せなくてはならないが、斥候を飛ばしたところで狩られるのがオチだ。
自分が行った方が早い。
レイヴ「こ、殺せなくてもいい!足止めだけしろ!」
背中から流れ出す血液で擬似的に翼の無くなった部分を模し、飛び去る。
ルーヴェリア(…行かせておくか。どうせ戻ってくるのなら移動の手間が省ける)
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