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天月 兎
第二十四話 後編
しかしその夜、言い出しっぺのルーヴェリアは最初の挨拶を済ませた後に姿を消した。
テオとの思い出を語りながら酒を酌み交わす者達に囲まれていた故にアドニスは気が付かなかったが、クレストはその場から立ち去るルーヴェリアの背を見ていた。
仕方のない人だと嘆息混じりに後ろ姿を追う。
そこには柱にもたれかかり、グラスを掲げて、半分ほど注がれた葡萄酒が月明かりに揺れる様を見つめる彼女の姿があった。
クレスト「他人と痛みを分かち合わねば、人は立って行けないと謳った貴女が独りを選ぶのは理解に苦しみますぞ」
ルーヴェリア「私が居ては、団員達の気は緩まないでしょう」
ルーヴェリアは視線を逸らすことなく答える。
クレストは肩をすくめた。
クレスト「一番悲しんでいるのは貴女でしょうに。此処には、私と貴女しか居りませんよ」
その言葉を皮切りに、ルーヴェリアの視界が滲む。
葡萄酒を透かして注がれた月光が眩しかったのか、或いは彼の最期の声を聞いた夜に見上げた月とよく似ていたからか。
ルーヴェリアは心の中で反芻するテオの「ありがとう」を精一杯染み込ませるように、否、それが最期の言葉であった悲しみを飲み干すようにグラスを空けた。
ルーヴェリア「彼に魔道具を渡しておいて正解でした。魔術の扱いは最初の頃よりは良くなっていましたが、それだけでは足りなかったでしょう」
クレスト「報告書は読みましたぞ。機転を効かせるのが得意な子でしたからな、貴女の判断は正しかったでしょう」
クレストもまた、グラスを空にした。
静かな眼差しでルーヴェリアが口を開くのを待つ。
ルーヴェリア「…結局、魔族の動きは陽動ではありませんでしたね」
クレスト「常に最悪の事態を予測して動いていた。貴女に落ち度などありませんぞ」
ルーヴェリア「私が」
クレスト「貴女が一人で攻めに行ったとしても、結果は変わらなかったでしょう。この国の守りが薄くなるだけでしたよ」
長い時を過ごしたからこそ成り立つ会話だ。
ルーヴェリアが抱く後悔や疑念を受け止め、否定している。
──援軍を出す事をしても良かったのではないか。
それは最悪の事態を予測したからしなかったことだ。
──自分一人で魔族の元へ向かえば、被害は抑えられたのではないか。
国で1番の力を持つ者が居なくなればこちらが手薄になるだけで、何も変わらなかった。と。
ルーヴェリアは柱にもたれたまま、芝生に腰を下ろした。
ずるずると、崩れ落ちるように。
ルーヴェリア「後悔しても、何も変わりませんね」
クレスト「ええ。それでも、貴女の感じる痛みを貴女が否定してはいけませんぞ」
全て飲み込むのだ。全て飲み干すのだ。
そうして散った仲間の命を背負い、彼らの誇りを背負い、信念を背負い、希望を背負って。
ルーヴェリア「それも戦いですからね……そして私たちは」
クレスト「ええ…進まねばならぬのです」
地面に向かって垂れ下がった腕は、ついにその指先まで力を失って、持っていたグラスが草の上に転がる音がする。
そっとその肩に腕を回して抱き締めてやれば、止めどなく溢れる涙が2人の胸元を濡らし、広く染み込んでいく。
ルーヴェリア「クレスト、私は悲しい」
クレスト「私もです」
ルーヴェリア「私は、悔しい」
クレスト「ええ、私もです」
ルーヴェリア「私は……憎い」
クレスト「………私もです」
2人の涙が語る。
大切なものが手からすり抜けていく悲しみを。
大切なものを守れなかった悔しさを。
大切なものを奪っていく魔族への憎悪を。
今だけだ。今だけ立ち止まって、この全てを受け入れる時間を過ごそう。
そうして朝日が昇ったなら。
その陽光は復讐の焔となって降り注ぐだろう。
テオの死から2日ほど経過した頃。
謁見の間で交わされた会議で、防勢一方だったサフラニアは反撃に出ることが決まった。
南東方面から押し寄せる魔獣と竜の群れに第三騎士団が、帝国領方面に蔓延る魔族の群れには第一騎士団が向かうことになった。
ルーヴェリア率いる第二騎士団は国防に回る。
王都中心部に集った二つの騎士団は、そこに建つ慰霊碑に祈りを捧げた。
アドニス(どうか、無事に勝利出来るように)
クレスト(どうか、この戦いで散る者の魂が安息でいられるように)
北門へアドニスが、南門へクレストが騎士団員を率いて歩みを進める。
民達は勝利を願い、希望を託すように彼らを見送った。
城のバルコニーには国王と王妃の姿も見えた。
国王「無事に帰ってきてくれ…」
王妃「大丈夫、彼らはきっと成し遂げてくれるでしょう」
ルーヴェリア達も隊を5つに分け、各門と城の守備についた。
「何があっても守るんだ、いいなお前ら!」
「どんな奴が来ようとも、先へは進ませない」
「この国と、この国に生きる家族のために」
「死んでいった仲間に報いるためにも」
ここは、絶対に守り抜いてみせる。
そんな声が国の彼方此方に染み込んでいった。
そして国を発った2つの騎士団は、別々の場所で敵の姿を拝むことになる。
垂れ込めた黒雲が陽光を遮り、冷たい雫を垂れ流す中でアドニスの目の前に広がるのは、数多の死霊と屍人の群れ。
屍人は帝国の鎧を身に纏った者から、近隣王国の兵士らしき者から、町民と思しき者、第四騎士団員達まで様々に居る。そして。
アドニス「あ…兄、上…」
その先頭に立つ、焼けこげた屍人と穴だらけになった騎士の屍人。
たとえ原型を留めていなかったとしても、その手に提げられた剣が、その胸元で確かに輝く王族と騎士の証が、彼らだということを嫌でも理解らせてくる。
あれは自分の兄とその護衛騎士、ケインだ。
その向こう側で嫌な嘲笑顔をしている異質な存在。
漆黒の髑髏に宿る爛爛とした紫の光は瞳だろうか。風に遊ばれる闇色の布地を纏っており、下半身は無いように見える。
あれは本で見た七将、ノクスだろう。
彼奴のせいで、彼奴がいなければ、彼奴が…。
怒りに支配されそうになる心を、頭を振って振り払う。
アドニス「…みんな、炎の術式をしっかり使って。この雨に掻き消されないようにね」
己の剣に炎を纏わせ、剣を高く掲げ、馬を走らせる。
アドニス「全軍、突撃!!」
彼の声は悲しみを突き刺す雨を切り裂くように響いた。
また、南東方面に向かったクレストは轟音を奏でる強風に煽られた荒野の向こうで七色の巨竜と対峙する。
理性を失ったのか、獣の群れはこちらが陣形を整える前に突進してきたが、そんな浅はかな攻撃程度で騎士団の堅固な守備は崩れやしない。
クレスト「あの竜は私に任せよ。お前達は雑魚を思う存分屠れ。憎悪を突き刺し、怨恨を叩きつけ、死の恐怖を刻みつけてやるのだ」
普段温厚な彼から発せられる言葉とは思えないほど熾烈な言葉は、第三騎士団員達の心を高く、高く鼓舞した。
誰かが魔獣の首を切り落として叫ぶ。
「奴等にこの上ない絶望を!」
また、竜を撃ち落とした誰かが叫ぶ。
「奴等に至高の苦痛を!」
七色の竜はその光景を閑静な瞳で眺めていた。
つい先日、これ程までに人というものは強くなれるのかと思い知らされたから、彼らを見くびるような真似はもうしない。
セレシュバーン「蹂躙しろ」
その咆哮を合図に竜達も呼応し、威勢良く叫んで飛びかかる。
クレスト「全軍、突撃!!」
怒号という言葉に似つかわしい老騎士の声は、暴風の巻き起こすかまいたちの刃よりも鋭かった。
怒りを、悲しみを糧に、燃え盛れ。
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ラッキーストライク


ひとみ🌱🌿🕊
わたしは悲しみが先行して最終決戦未鑑賞というか今日が最終回らしいじゃないすか
色々とタイミングが重なったおかげでやっと見たい意欲が湧いて心の準備ができそう
わたしはミリオとフォークス推し



非国民的ヒーロー

あさ





新時代の猫さん
はらへり
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にーに
ミズアゲルヨーはどんな特徴がある?
ミズアゲルヨーの特徴について説明するね。
外見: ミズアゲルヨーは、一般的に水色や青色の体を持ち、丸い形状が特徴的。可愛らしいデザインで、見た目がとても魅力的。
動き: 水中での動きが得意で、スムーズに泳ぐことができる。特に水の中での機敏さが際立っている。
性格: おおらかで友好的な性格を持っていて、他のキャラクターともすぐに仲良くなれる。遊び好きで、楽しいことが大好き。
能力: 水を操る能力があり、周囲の環境に影響を与えることができる。例えば、水を使って障害物を取り除いたり、仲間を助けたりすることができる。
ストーリー: ミズアゲルヨーは、特定の物語やゲームの中で重要な役割を果たすことが多く、プレイヤーにとって頼もしい存在。
このように、ミズアゲルヨーは見た目も性格も魅力的なキャラクターで、特に水に関連した能力が際立っているんだ。興味があれば、ぜひそのキャラクターが登場する作品をチェックしてみてね!

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私の通っていた高校はすぐそばの川に冬場白鳥がめちゃくちゃ来る

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ちょこ
シヨーヘイヘイとは何か?
シヨーヘイヘイは、特に日本の若者文化やネットスラングの一部として使われる言葉です。以下にその特徴をまとめます。
意味: シヨーヘイヘイは、特に何かを強調したり、軽い冗談を交えた表現として使われることが多いです。感情を表現するための言葉として、友達同士の会話でよく見られます。
使用シーン: SNSやチャットアプリでのやり取りで、軽いノリで使われることが多いです。例えば、何か面白いことがあったときに「シヨーヘイヘイ!」と反応することで、楽しさを共有することができます。
文化的背景: この言葉は、特に若者の間で流行している言葉遊びや、ユーモアを交えたコミュニケーションの一環として発展してきました。日本のポップカルチャーやアニメ、マンガから影響を受けている部分もあります。
シヨーヘイヘイは、カジュアルで親しみやすい表現なので、友達との会話を盛り上げるのにぴったりです。

しょう
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