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天月 兎

天月 兎

サフラン色の栄光──不滅より終焉を贈るまで
第二十三話 中編2

追手が来ないのをいいことに、テオは目の前に立ち塞がる魔物達を切り刻みながら城の中を駆けていた。
廊下、客間、食堂、厨房、玉座の間、その他様々な部屋を見て回ったが生きている人間はいない。
身体の一部を植物に変化させたような魔物やら、血塗れの鎧を被って彷徨うこの国の兵士たちしかいなかった。
どれも切り裂いて、燃やし尽くして、今やっと、最後の部屋の扉を開く。
シーフィ「テオ…!」
テオ「…っ!」
そこには、この国に嫁いだサフラニアの第一王女シーフィがいた。
正直もう生きていないのではないかと思っていたために、咄嗟に言葉が出てこない。
シーフィ「きっと来てくれるって、信じてたわ」
安堵から泣き顔のような笑顔を浮かべる彼女に、言葉を返せるようになるまで少し時間はかかったが、思考の整理と心が落ち着きを取り戻し、余裕のある笑みを返せるようになった。
テオ「約束したっすからね」
シーフィはこくんと頷くと、簡単に状況を説明してくれた。
城内に魔物が押し寄せ、自分以外の人間を皆殺しにしていった。
母親譲りの魔力を行使して応戦を試みたが、この部屋まで追い詰められた。
すると緑色の肌をした人の言葉を話す魔物がやってきて、大人しくしていれば命は取らないと言われたため、従っておいて反撃の機を窺っていた、と。
テオ「俺が見た限り、王女様以外に生きてる人は居なかったっす。多分、そろそろ俺がここまで来たことを察した奴らが…」
来る頃だと言おうとした時、窓ガラスを突き破って侵入した蔦がシーフィに絡みついて彼女を外へと攫っていった。
慌てて手を伸ばしても、指先が掠めるだけで届きはしなかった。
テオ「くそっ…!」
追いかけるように窓から飛び降りると、捕らえたシーフィを中空に漂わせているシルヴェーラがいて、辺りは無数の食屍鬼に囲まれていた。
シルヴェーラ「この状況なら私の話を聞きますね?」
聞かなければこの娘を縊り殺すと、雰囲気が語っている。
テオは無言の肯定を返しながら思考を最速で回す。
どうしたら彼女を救うことができるのか。
シルヴェーラ「今ここで貴方が死ねば、彼女は解放しましょう。もちろん、考える時間も差し上げます」
誘拐犯が人質をとって金を寄越せと言うような、単純な交渉を持ちかけられる。
お前が死ねば、彼女は助けてやる。
シルヴェーラの言葉が頭の中を反芻している。
滅んでしまったアルゼトはもう救えない。
でもせめて彼女だけ、彼女だけは助けたい。
守ると約束したから、彼女だけでも、せめて。
そう思うと心が揺れて、まるで酒に酔ったかのように視界も歪んでいく。
魔族は律儀に彼が答えを出すまで待ってくれている。
そんな時、頭の中に誰かの声が響いた。
「死んだら守ることはできません」
テオはふっと笑って愚考を消し去った。
シルヴェーラ「答えは決まりましたか?」
テオ「ああ、決まった」
彼は曲刀を鞘に仕舞い込んで、そのまま腰ベルトを外し、空高くに放り投げた。
テオ「これが答えだ」
シーフィ「なっ…!」
瞠目するシーフィと、満足げに笑うシルヴェーラ。
食屍鬼達がテオに襲いかかる。
腕を切り裂き、足を引きちぎり、腹を抉って臓物を喰らわんと。
だがこれは、諦めではない。
生きるための行為だ。
刹那、テオは高く跳躍して落下してくる腰ベルトから曲刀だけを引き抜き、そのままシーフィを拘束する蔦を切り裂いて、武器を放り投げて彼女を抱き止める。
その一連の流れが速すぎて、シルヴェーラの対応が遅れる。
着地点はシルヴェーラの背後に聳えていた樹の元。
テオ「これからめっちゃ走るんで、舌噛まないように口閉じててくださいっす」
胸元から魔道具を取り出して樹の根元に放り、力の限りの最速でその場を離れる。
シルヴェーラ「このクソ野郎!!取り逃すな!追え!!……!」
ヒステリックな声をあげて魔物達に命じるが、直後に違和感を感じて息を呑む。
螺旋の樹花、自分の本体と呼べるその根元に収束する魔力はなんだ。
周囲の空気に満ちる魔力を急速に全て吸い上げるような集まり方。
ただの爆裂魔術の構成じゃない。
何層にも重ねられた圧縮と暴発の魔術式、自分達魔族でさえ数十名の犠牲を払うような大掛かりな魔術式が形成されている。
きっと、周囲に魔力があればあるだけ威力を発揮するような代物。
早く逃げなければ、そう思った時にはもう遅かった。
音さえ置き去りにした白一色の世界が自分を包み込んだかと思えば、体が融解するような感覚に襲われる。
自分の命も、魔族としての誇りも、植祖としての威厳も、何もかもが砕けていくことに憤りを隠せない。
シルヴェーラ「ざけんな!ざけんな!!たかが人間に、たったひとりの人間如きに私が…!!」
その叫びは、人間にも、周囲にいた魔族にすら聞き届けられることはなかった。
魔道具が発動するまでに、爆発の範囲外へ抜け出すことに成功したテオはまた地獄を見ることになる。
戦っていたアルゼトの兵士や、騎士団の全てが帝国領側に陣を構えていたのだ。
その列には、先刻言葉を交わした将軍や、顔見知りの騎士、そして、先先代の第四騎士団長で自分の面倒を見てくれたケインの姿も見えた。
テオ(戦線は壊滅して…みんな屍人になったってことかよ…今すぐこっちに来ることはなさそうだな…)
この光景は流石にシーフィには見せられないので、背を向けて走ることにする。
一先ず、身を隠さないといけない。
凄まじい爆発音を聴きながら、ケレテス山脈を目指した。
アルゼトの兵士達には申し訳ないが、もしかしたら国ごと吹っ飛ばしてやったことが救いになったかもしれないと言い聞かせながら。

山の麓から少し入ったところに辿り着く頃には、陽はすっかり落ちていて、星が木々の合間を縫って僅かばかりの明かりを届けるような時間になった。
この暗闇なら少し休んでも問題ないと考えたテオは立ち止まり、抱き抱えていたシーフィを降ろす。
身体強化の魔術を使用していたとはいえ何時間も走り詰めだったため、息があがってまともに喋ることが出来ない。
シーフィはそんな彼を見守りながら灯りを灯そうとするが、それを察知したテオは首を横に振って止めた。
彼は自分の上着を脱いで地面に広げると、シーフィにそこに座るよう身振り手振りで促し、自分は適当な木を背もたれにして座る。
魔術で手に水を出して少しずつ飲みながら、十数分くらい息を整えて、やっと話せるようになった。
テオ「申し訳ないんすが、一晩ここで過ごしてから帰国でいいっすか…王女様に野宿なんて本当はさせたくないんすけど…」
シーフィ「気にしないで。私は戦場のことはよく分からないから、貴方に全て任せるわ」
テオ「ありがたいっす」
へへ、と笑って軽く頭を下げる。
シーフィ「それより、私とても怖かったのよ?貴方が魔族に殺されるんじゃないかって!」
むっとしているシーフィに、テオはすんません、と今度は深く頭を下げた。
テオ「あれしか思いつかなかったんすよ。生き残るためには、欺く必要があったんす」
シーフィ「まあもういいけど、二度とあんな無茶な真似はしないでよね?」
テオ「うす。二度としません」
そんなやり取りの後、数分間の沈黙が流れる。
空を彩る星々の音が聞こえそうなくらいに静かだ。まるで、先程までの喧騒が嘘か幻だったかのように感じる。
シーフィ「ね、寒いからちょっとそっちに寄ってもいい?」
テオ「いっすよ」
シーフィは立ち上がると、地面に広げられていたテオの上着を持ってぱさぱさと振り、土埃を落とすと自分の肩にかけて彼の隣に座った。
テオ「お召し物が汚れるっすよ」
シーフィ「もう血で汚れてるから関係ないわ」
皮肉に聞こえるが、まあ確かにそうだ。
彼女の衣服はアルゼトの王城で死んでいった者達の血で濡れている。
気丈に振る舞っているが、どれだけの恐怖を味わったのかは、彼女の体が小さく震えていることから察しがつく。
テオはシーフィの肩に手を置いて、そっと自分に引き寄せた。
テオ「無礼かもしれないっすけど、こうさせてください。怖かったっすよね?助けに行くの遅くなって、本当すんません。もう大丈夫ですからね。俺がきちんとお守りするっすから」
シーフィ「…………」
本当は泣き出したいくらいに怖かった。
目の前で頭や四肢のどこかしらが破裂して植物の魔物になっていく者や、自分を守るために盾になって死んだ兵士、侍女達。
魔術を駆使しても敵わない存在に囲まれて、脅されて。
そんな自分を気遣ってくれる騎士に、無礼などと言うものか。むしろ嬉しい。約束を守って、ちゃんと助けに来てくれただけで、それだけで心が少しだけ温かくなる。
シーフィ「いいの、ありがとう。このまま眠っても良い?」
少しでも温もりに触れていたいから。
テオ「もちろん、いいっすよ」
そうして静けさと温もりに包まれた状態でシーフィはすうすうと寝息をたてる。
自分は眠るわけにはいかないから、じっと空を眺めていた。
少しずつ、少しずつずれていく星が、月が、時の経過を僅かずつ伝えてくれる。
ケレテス山脈を突っ切れば、もうサフラニア王国領土内だ。
テオ(それまでは、ちゃんとお守りしますっすよ…)
シーフィの肩を寄せる手に少しだけ、本当に少しだけ力が入る。
こんな時間を過ごせるのは、きっとこれが最後だから。
そうだ、この距離なら魔術でルーヴェリアに声を届けることができる。
自分達第四騎士団は壊滅、アルゼト小国も魔族の手により滅ぼされたが、植祖を討伐。第一王女の奪還も成功。現在はケレテス山脈にて身を潜めており、翌朝山越えをして帰還する。尚、帝国領前に大量の屍人の群れが陣を構えていたため、進軍の恐れあり、警戒されたし、と報告した。
ルーヴェリアから分かったと返事が来たので、現状報告も無事完了だ。
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