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そして広範な淀川水系全体として、多様性に富んだそれぞれの地域の地勢や歴史文化を合流させ、融合させていく。それはこの列島のくびれ部を形成する紀伊半島(広義の)をこの国の歴史のメインステージとして機能させるのに不可欠な存在だった。
マーケ的にいうと、変化し続ける「ヒト、モノ、ジョウホウ」をとどめなく流し続け、同時にその流れは河川としての平衡を保ち続ける。
 そして僕自身も木津川の源流域から流れて、「今、ここ」淀の流れのほとりにいる。三川が合体し、膨大に増して水量は、時に北河内や摂津エリアの堤防を決壊させ、氾濫原にさせたが、そこは水田稲作やレンコン栽培の適地ともなった。
 世界の四大文明をあげるまでもないが、文明には(巨大)河川が不可欠だ。ちょっと話は横道に逸れるが、岡本太郎のExpo70のモニュメントが立つ千里の名前の由来は、「小さな丘陵に千もの里がある」ということらしい。人は幾つもの谷に暮らし、無数の里を築いた。それは田舎、山中の道をドライブするとよく分かる。山際に村を作り、谷のほぼ中央を川が流れている。その間は水田や耕作地となっている。これはこの列島のどこでも見られるティピカルな在りようで、僕は地形や人々の暮らし、歴史文化が見える一般道(高速は好きじゃない)を走るのが好き。
 わずかな平地に急峻な谷を急流が下るこの列島では、むしろ河畔に文明を形成するというよりも、谷口から、急流が運び込んだ土砂が形成した平地や扇状地にかけての範囲を生活の場とした。そういう意味では、「世界は神がつくったが、オランダはオランダ人がつくった」と言われるオランダの治水や干拓技術を自然に委ねたのが、古代におけるこの列島と言えるかも知れない。ゆえにw、後に渡来した弥生系や古墳系以前の基層といえる縄文がやはりこの列島の在りようだろう。
 文化、文明を育み、その花を開かせる河川はまた、時折、流域に暮らす人々に河川決壊や洪水等の厄災をもたらす。特に淀川流域は治水が先ずあってこその歴史、近代化、都市文明だった。
それでも僕たち人間は阪神淡路をはじめ東日本、能登大地震や毎年やって来る台風、豪雨等、自然の猛威には勝てない。そのことは僕たち人間の生そのものだ。そのことは後白河法皇が「天下三不如意」の最初にあげた“鴨川の水”に象徴されているように、自明だが僕たちにとってその生は不如意なものなのだ。
 そして、その生は人間だけに限らずあらゆる生命が河川によって生かされている。いつも淀川沿いを朝駆けしていて感じるのは、そこにも大自然と季節の移ろいがしっかりとあるということだ。
都市生活者である僕にとって、そこに身を置くひと時はとても貴重な全体性への回帰だ。🤗
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そして広範な淀川水系全体として、多様性に富んだそれぞれの地域の地勢や歴史文化を合流させ、融合させていく。それはこの列島のくびれ部を形成する紀伊半島(広義の)をこの国の歴史のメインステージとして機能させるのに不可欠な存在だった。