ニャアンがシュウジを「シュウちゃん」と呼ぶまでの過程、マチュがコモリ少尉を「コモリン」を呼ぶまでのストーリーは敢えて省略されたのか、単にそれぞれの性格の結果なのでストーリーも何もないのか、それも実際判断しかねる
結婚を考えるぐらい大切な人ができて、生活の優先順位がガラッと変わってしまったので、どういった形で推し活が生活の一部として残るのかまだ定まってない。自然の流れに身を任せるつもりだけど、今までのようには推せないと思う。それでも彼女達が素晴らしいことには変わりない。