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詩音

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「猛獣と将太と逃げ場なし」1

基地の敷地内にはサーカスが来ていた。
カラフルなテント、華やかな衣装を纏ったパフォーマーたち、軽快な音楽が鳴り響き、人々の笑い声があちこちから聞こえる。
普段は厳格な雰囲気が漂う基地も、この日ばかりは祭りのような賑わいを見せていた。

しかし、将太はその賑わいに心奪われることなく、ある一台のトラックに近づいていた。駐車場の隅にぽつんと停まっているそれは、サーカス関係の車両らしく、横には動物輸送用のロゴが貼られている。
中から何かの鳴き声が微かに聞こえた。

「…ん? 猛獣でも乗ってるのか?」

将太は好奇心を抑えきれず、トラックの荷台を覗いてみた。
すると、そこには檻があり、中に巨大な猛獣が横たわっていた。

「うわっ……でか……」

それはライオンや虎とは明らかに異なる、異様な大きさの猛獣だった。
濃い金色のたてがみがあり、黒い縞模様が混じっている。
鋭い爪は地面を引き裂きそうなほど長く、鋭い牙が口から覗いていた。
まるで神話に出てくる幻獣のような迫力だ。

――サーカスってこんなヤバい生き物を連れてくるのか?

興味が湧いた将太は、無謀にもトラックの荷台に足を踏み入れた。
もっと近くで見てみたかったのだ。
すると、その瞬間、バタンッ! と背後で扉が閉まる音がした。

「……え?」

慌てて振り向くが、扉はしっかり閉じられている。

――マジかよ! 閉じ込められた!?

焦る将太。
しかし、それ以上に問題なのは、目の前の猛獣だった。
最初は檻の中にいると思っていた。
だが、よく見ると――

「……え?」

檻の格子の向こう側に猛獣はいる。
つまり、猛獣は檻の中ではなく、外にいたのだ。

「えええええええええええええ!?」

心臓が跳ね上がる。
巨大な獣はゆっくりと頭を持ち上げ、鋭い瞳で将太をじっと見つめた。

――ヤバいヤバいヤバい!!

将太は本能的に近くの檻に飛び込んだ。
そして、すぐに扉を内側から閉めた。
かつてないほど素早い動きだった。

「はぁ、はぁ、はぁ……!」

一瞬、獣が動く気配がなかったが、次の瞬間、ズシン……と重たい音が響いた。
猛獣がこちらに向かって歩み寄ってきたのだ。将太は息を呑んだ。

――これ、普通に食われるパターンじゃねぇ!?

彼は震える手でポケットの中のスマートフォンを取り出し、助けを求めることにした。

「ニック、助けて……!」

電話越しの絶望

「将太か? どうした〜?…そろそろ検査の時間…だ、け、ど……まさか…逃げたりしてないよねぇ〜?」

ニックの呑気な声が耳に届く。
しかし、将太にそんな冗談を言っている余裕はなかった。

「ニック…信じてくれる?…俺…逃げたんじゃなくてさ…今トラックの中で…巨大な猛獣が目の前にいて…俺…檻に入ってる…助けて…!」

「……え?」

ニックの声が止まる。
完全に状況が飲み込めていないようだった。その後ろから、もう一つの声が聞こえた。

「どうかしたのか?ニック⁈」

――ヤバい。シンだ。

ニックは苦笑いしながら、電話をスピーカーにした。

「ニックぅ〜?聞いてる?…出来れば…シンに内緒でお願いしたいんだけど…」

「誰に内緒だって〜?」

シンの声が意地悪く響いた。

「おい!将太〜! お前、今…どこで、何してる?」

「えっ⁉︎ シン…な、何で……い、イヤ…違うんだぁぁぁぁーーー! 俺、逃げた訳じゃないんだ…信じてよ! 助けて…俺…今…トラックの中で…大きな猛獣が目の前にいて…怖くて檻に入ったんだ…出れない……助けて……」

シンは一瞬黙った後、静かに言った。

「基地内にいるんだな?今GPS見て行くから待ってろ…後でお説教だからな!」

「うん、ありがと…」

電話を切った瞬間、将太は再び目の前の猛獣を見た。
獣はまだ動かず、じっとこちらを見つめている。だが、次の瞬間――

「ガルルルル……」

低く唸る音が響いた。
将太は冷や汗をかきながら、小さくつぶやいた。

「シン……早く来て……」
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