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夕闇さん
しかし困った。床に落ちたスマートフォンを拾い上げるというのは、皆が思っているほど簡単なことではない。少なくとも私にはできない。とは言えナースコールで看護師さんを呼んで拾ってもらうのも、仕事の邪魔をしているようで気が引ける。ううん、これは嘘だ。正直に言えば私に対して優しく接してくれる看護師さんが苦手なのだ。人から与えられる善意の中に、私に向けられた憐れみや同情を探してしまう自分がいる。その事実に吐いてしまうほどの自己嫌悪を感じてしまうから。
まあいいか、と私は思う。仮に上手に写真を撮れたって、送る相手などいないのだから。ううん、これも嘘だ。送りたい相手はいる。中学高校で仲の良かった同級生、少しの間付き合っていた恋人。伝えたいこともある、共有したい思いもある。それでも、私はしない。だって私は知っているから。最後になるかもしれないメッセージのやり取りに皆がどれほど気を使うか。そして最後に遺した私の言葉が、その後皆の心にどれだけ暗い影を残すか。だからこれでいいんだ。ううん。
少女の青白い頬や乾燥した唇に、柔らかく暖かいチークを乗せていた夕陽は静かに、ゆっくりと西へと傾いていき、ついには峰の向こう側へと姿を隠してしまった。
ひとたび太陽がその姿を隠してしまうと、空は、そして雲や町も、数瞬止まっていた秒針が動き出したかのように、慌てて各々自らの色を灯し始めた。誰もが半ば熱狂的に淡い赤に身を包んでいたことなど、すっかり忘れてしまって。
窓台に置かれていたヘレボルスの花弁が一枚、本体から離れて床に落ちる音を聞いた者は誰もいない。
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