人間関係において気遣いは非常に重要だと思ってるけど、絶対的に違うはずの人々がその違いを「気遣い」の名の下に封じるのもなんかモヤモヤするので、たとえ身内を刺しうる言葉であっても臆さず語ってる。加えて私は開き直ってるので、たとえ如何に自説が矛盾しようとも、身内は問答無用で全肯定してる